パリの観光地を散歩すると、南京錠だらけ!
愛に鍵をかけるのか…それとも、スリ対策にカバンに鍵をかけるのか?
パリに行くなら、南京錠を忘れずに!
パリ・ノートルダム大聖堂の前にも南京錠
セーヌ川の橋の「愛の南京錠(cadenas d’amour)」の物語は、
深い歴史があります。
なぜこの伝統が生まれたのでしょうか?
セルビアから来た伝説
南京錠といえばパリのイメージが強いですが、
そのルーツは第一次世界大戦中のセルビアにあると言われています。

女性教師ナダがレリャというセルビア人将校と恋に落ちました。
しかし、レリャはギリシャの戦地へ赴き、そこで別の女性と恋に落ちてしまいます。
失意のどん底に突き落とされたナダは、悲しみのあまり亡くなってしまいました。
これを知った地元の若い女性たちが、自分たちの愛を守るために、
ナダとレリャがかつて待ち合わせをしていた
橋の欄干に南京錠をかけはじめたのが、始まりとされています。
イタリア発!世界的なブームに
この伝統が、爆発的に広まったのは、
イタリアの作家フェデリコ・モッチャが2006年に発表した
小説『Ho voglia di te(君が欲しい)』がきっかけでした。
この物語(映画化)の中で、主人公たちがローマのミルヴィオ橋に南京錠をかけ、
鍵をテヴェレ川に投げ捨てるシーンがあります。
これが「鍵を捨てれば二人の絆は永遠になる」というシンボルとして、
若者たちの間で流行ったのです。
パリ、Le pont des Arts
2014年6月、なんと南京錠の重みに耐えきれず、欄干の金網の一部が崩落したのです!
また、セーヌ川の底に沈んだ数万本の鍵による環境汚染も懸念され、
パリ市役所は2015年6月、すべての南京錠を撤去するという決断を下しました。
再発を防ぐため、現在は金網から透明なガラスパネルへと改修されています。
その後、撤去された南京錠の一部がオークションにかけられ、
収益(約25万ユーロ)は難民支援団体に寄付されました。
個人の愛の象徴が「普遍的な愛(連帯)」へと姿を変えることとなったのです。
